人魚姫 / アンデルセン : 複雑な読後感
前回に続いて、今回もアンデルセンです。
青空文庫 『人魚のひいさま』 H.C.アンデルセン 楠山正雄訳
原作は私の知る(または覚えている)『人魚姫』とは結末が少し違っていました。
「王子への愛が実らず、泡となって消えてしまう。」というのが私が記憶していたラストシーンですが、原作ではその続きがあるのです。
物語の中盤に人魚姫のおばあさんが語ります。
「人間にはたましいというものがあって、それがいつまででも生きている、からだが土にかえってしまったあとでも、たましいは生きている。それが、澄んだ大空の上にのぼって、あのきらきら光るお星さまの所へまでものぼって行くのです。」
不滅の魂。
これが実は物語のキーワードとなっています。
人魚は300年生きるが人間と違い不滅の魂を持たないのだとおばあさんは説き、人魚姫はそれを手に入れたいと望みます。
そして、その方法はただ一つ。人間に心の底から愛されることです。
難破船から救った王子を好きになった人魚姫は、魔女と取引してまで王子に近づくわけですが、人魚姫を突き動かすものは実は王子への愛だけではないんですね。
同時に不滅の魂も切望しているわけです。しかし物語はずんずんとドラマティックに進行していくので、最初に読んだときはその点に気づきませんでした。
なにしろ中盤からのドラマの作り方が凄いですからね。
- 人魚姫は人間の脚を得るために魔女と取引をして声を失う
- 王子の愛が得られないと人魚姫の心は破れて水の泡になってしまう
- 王子は難破した時には意識を失っていたために人魚姫に助けられたことを覚えていない
- しかし人魚姫は声を失っているので、王子にそのことを説明できない
- 王子は隣国の王女に助けられたと勘違いしていて、結果的に王子はその王女と恋に落ち、結婚を決める
ああ、人魚姫は泡になってしまうのか?
と、いうところで人魚姫の姉達が魔女から得た短剣を持ってくる。
それで王子を殺して彼の血を浴びればまた人魚に戻れると言う。
この話の運びは凄いですよね。いやがおうにも最高潮。
人魚姫は短刀を手に、王子と王女の寝室に忍び込みますが、寝言で王女の名を呼ぶ王子をどうしても殺せない。
そして人魚姫は短刀を海に投げ捨てて泡と消えてしまいます。
さて、ここからが私が知らなかったラストシーンになるわけですが、
死んでしまった人魚姫は「大空のむすめたち」と呼ばれる霊的存在となるのです。
王子を殺さなかった事で神からの慈悲が与えられたことが暗示されます。
300年の間、霊として善行を行えば不滅の魂を得て天国に昇っていけると教えられ、人魚姫は喜びに初めて涙を浮かべるのです。
(人魚は泣かないのだ)
というわけで、『人魚姫』も『マッチ売りの少女』と同様に、宗教的救済を持って話が終わります。アンデルセンの宗教観を反映しているのでしょう。
人魚姫が救済される結末は一人の読み手としても救われるのですが、不滅の魂うんぬんにはまったく触れず、人魚姫が泡になって終わってしまえば、悲劇としての純度は格段に上がっただろうなとも思います。
というわけで、複雑な読後感でした。